群雄割拠になってしまった荊州。例により、状況確認。
襄陽、江夏は瓊英が占拠。新野、宛、上庸は曹操のおっさんが占拠。
江陵、永安は劉焉の爺さんが占拠。南部の四都は孫堅が占拠。
わが陣営の方針は、曹操は放置という事にしているので
現時点で邪魔なのは、劉焉の爺さんただ一人。
しかも劉焉の爺さん、あちこちにケンカを売っているので戦力が分断している状態。
更に都合のいい事に江陵、永安は戦力が手薄。
まずは江陵と永安に侵攻し奪取。永安を益州進出の第一拠点と致しました。
そして、南下部隊は孫堅の南部四都を目指し進軍。
こちらも益州にほとんど戦力を集中させているので手薄。
が、南部に続く港には劉焉軍の10万の兵が陣取っていました。
更に厄介なのは、水戦に強い呂蒙がいる事であります。
が、こちらにも水戦に強い武将がいました。
登録武将の李俊、凌操、董襲。しかも凌操と董襲は相性がいいので
兵法の連鎖が起きやすいという利点があります。
この三人を主軸にして、呂蒙迎撃隊と港占拠隊に分け侵攻。
呂蒙に手を焼かされたものの、港を占拠する事に成功。
ここに主力を展開させていた劉焉の爺さんに大ダメージを与えたのは大きいですな。
南部に進軍後、流れる様に南部四都を占拠。
更に交州に軍を進めてここを第二拠点とし、次の目的の益州侵攻に備えます。